人生を自力でつかみとる

アノミー度においては焼跡派、安保派の数値は高くなっています。


激しく迫る生活危機のなかで、こみあげてくる怒りを必死に押えているのがいまの彼らの姿です。


その怒りが爆発したとき、それは十分に国を動かすに足るパワーとなります。


また、団塊派、漂民派にも希望はあります。


彼らは大人たちが設定した舞台のなかでは踊ろうとはしませんが、自らの好みにあった舞台を自らつくることには目を輝かす。


敷かれたレールでない自分の人生を自力でつかみとろうという行動力には、比類のないバイタリティを示します。


この創造力、行動力が後向きに燃焼されるだけだったら、それはレジャー型、デカダン型を一歩もでないかもしれません。

ベンハムの円盤 4

なぜ色が見えるかの理くつ、私には人間の眼の色彩感覚についての専門知識がほとんどないから、なんともいえないのですが・・・


肝心なことは回転のスピードがある速さ以上にあがらなければダメというのが一つのカギ。


もう一つは、白という光の波長と、黒というすべての波長を吸収する色とが混り合うのがもう一つのカギだと思います。


・・・これが回転によって、白と黒の光がうまくミックスされて、別な色の可視光の波長を合成する形になるのではないでしょうか。


接近する光と遠ざかる光とでは、波長がのびたりちぢんだりするドプラー効果が起って、スペクトルの色が赤や青にずれて見える現象があります。


・・・これも関係がありそうです。


あるスピード以上で回転する円盤にも、外側と内側、回転する方向と反対側に、スピードの違いでドプラー効果が多少とも起っていることも考えられます。


そんな、こんなが白黒のパターンに色をつけさせるかな、なーんて考えてみるんだけど、よくわかりません。


最近、もっと参ったことがあります。


この「ベンハムの円板」を回して見せても、「おれには全然色なんか見えない」という人があらわれたのには、これはびっくりしました。


私の知人で、とても頭のいい方なのですが、ちょっとへそ曲りで、人が右だといってもなかなか同調したがらない人で、それが「色が見えない」というのですから、どういう目なのか頭の構造なのか・・・


本人だけかそう主張するのは、どうやったらそのことが本当なのかを証明できるのだろうか、少々頭を悩ましています・・・。


西洋占星術

西洋占星術って、なかなかすごいですよね。

よくもこんなにくわしいことまでわかるもんだと、感心したのではありませんか?

でも、問題は中身ですね。

「短足短腕、健康管理がおろそかになりやすい。適応性があり、奉仕精神が旺盛だが、金はたまらない」などは、「う~ん、ピッタシだなあ」という感じです。

だけど、「心に浮き沈みがあって、まわりの人をハラハラさせる」とか、「乗るスポーツに向いている」とか、「現実社会よりも心のなかに幸福をもとめる傾向がある」とか、「霊的なものや、神秘的なものにのめりこむおそれがある」とかいったコメントは、全然あたっているとはおもえません。

また、「薬に頼りすぎず、規則正しい生活を送ることが大切だ」とか、「火のような活動を支えるには、タンパク質の補給が重要だ」とかいう部分は、いってみれば、だれにでもいえることで、とくに1940年4月16日午前四時に生まれた人間にだけあてはまるわけではありません。

最初に自分自身を占って、このようなコメントをみたとき、わたしは「ウワー、ずいぶんあたってるなあ」という印象をもちました。

それは、「なるほど」とおもいあたる部分は強く印象づけられますし、だれにでもあてはまる無難なコメントは、「まあ、そうだろうな」と、心にひっかかりをのこさずに読み進められますし、あまりあたっていないとおもわれる部分は、「そんな何から何まであたるわけはないよな」と大目にみるので、全体としての印象は、「よくあたってるなあ」ということになるのです。

西洋占星術にかぎらず、占いには、こういう効果1「おもいあたり効果」とでも名づけましょうかーがあるものです。

それで、「なんか、あたってるような気がする」となるわけです。

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ベンハムの円盤 3

同じパターンの大きな円板をつくって回転させ、テレビカメラを通して、わざわざ白黒テレビで放映してみたそうです。


・・・なんとすべての視聴者がテレビの画面で、色が見えると証言したそうです。


(実は、私自身も、あるテレビ番組でこの円板を実験してみましたが、生までながめる円板はまさしく色がついて見えるし、テレビカメラを通してみても、ちゃんと色が見えたので、ホッとしたのを覚えています)。


・・・ところで、なぜへんてこな紋様でないと色が出ないのか、他の紋様ではダメなのだろうか、白黒半々の円板だったらどうなのでしょうか。


・・・私はその点に疑問をもって、わが家でいくつかのパターンをつくって実験してみたことがあります。


白黒の半々と、碁盤の目を一つおきに白黒にした市松紋様と、2つの円板を用意して回転させてみました。


なーんと結果は、それでもちゃんと色が見えるのですからいよいよ面白い。


別に、あんな妙な図式をつくる必要はないことがわかりました。


私の読んだ本ではこの点を指摘していなかったのです。


・・・かえってなんとも不思議な気がします。

ベンハムの円盤 2

これをたとえば、モーターの軸などに取りつけて、ぐるぐると回転させてみます。


スピードが遅いうちは、どうということもない、白と黒の同心円状の紋様が見えるだけなのですが、回転があるスピード以上に達すると、あーら、不思議。


同心円の白黒紋様の間に、淡い水色、禍色、あるいはピンク色などに円紋様があらわれてきます。


・・・つまり、まったく自黒の紋様に色がついて見えるというわけです。


逆に回転させると、色の帯の配列も逆になって見えるといいます。


この不思議な円板を、世界で一番最初につくったのは、19世紀、ドイツの物理学者グスタフ・フェヒナーという人。


この後、いろいろな物理学者、心理学者などがこの色の見える理くつについて、説明を試みていますが、未だだれも完全に納得のいく説明をした人はおらないそうです。


やはり、一種の錯覚のようなものであるのでしょうか。


それにしても、色の錯覚というのはまことに珍しいですよね。


何年か前に、アメリカのあるテレビ局で、ひょっとしたらば、色が見えるのには個人差のようなものがあるかも知れない・・・


あるいは電子工学的な装置、つまり、レンズとかテレビの走悉線を通しても色が見えるかどうか、実験してみようと考えました。


ベンハムの円盤

円盤ときくと、私ぐらいの年代ではすぐ「空飛ぶ円盤」を連想します。


いわゆるフライング・ソーサー・・・


円盤型の未確認飛行物体が、やたらと活躍したのは、1950~60年代のことでしたが、今では、むしろUFOという言葉の方が一般化しています。


それでもなおかつ、UFOといえば円盤、SFや映画では、依然として円盤型の宇宙船がさかんに活躍します。


一度、定着してしまったイメージが、いかに消しにくいものであるかがよくわかります。


ところで、円盤といえばこの他にもいろいろ様々、面白い円盤があって、科学的にもすこぶる典味深いものがあります。


たとえば、ここに紹介する「ベンハムの円盤」もその一つです。


白いボール紙を切り抜いて、一枚の円板をつくって頂きます。


その表面を2等分して、半分をまっ黒に塗りつぶしてしまいます。


残りの半分の白い部分を、4分割(等分にしなくてもよろしい)して、同心円の一部を図のように扇形にえがきこむ。


・・・これがいわゆる「ベンハムの円盤」と呼ばれる謎のパターンなのです。

人びとの人間力の動員 6

昼の休憩時間に、食事に行こうと席を立ったSさんは、どこからか聞こえてくる機械の音に足を止めました。


けげんに思いつつ見に行くと、フライス盤が動いています。


人はいません。


びっくりしたSさんは、そこに釘付けとなりました。


ややして、一人の作業者が息を切らせて走ってきました。


「もう少しで終わりそうだったので、送りを掛けたまま、めしに行ってきた」


・・・と言います。


いつの間にか周囲には、大勢の人垣ができていました。


しかもそれは、成り行きの試みではなく、そのための準備が進められたうえのことでした。


「よくやってくれた。


ありがとう!」。


Sさんは思わず叫びました。


人びとの人間力の動員 5

彼らの中からは、今までいろいろな改善をやってきたのに、さらに50パーセントアップとはどういうことなんだと、驚きを超えて、あきれたと言わんばかりの声が続きました。


しかし、しばらくして後に、設計係長が


「1日24時間の中で、機械の動いていない時間が何時間ある?」


・・・と言いだしました。


工長が


「休憩時間と引き継ぎ時間で8時間。


残業時間を引くと、実質6時間は機械が動いていない」。


誰かが「それに土・日を加えれば・・・」。


こんどは組長が


「冗談じゃない、そんなに人を働かせるわけにはいかん」


・・・と言いだしました。


この中から誕生したアイデアが「無人運転化」でした。


ミーティングを終えて職場に帰った監督者たちは、さっそく、作業を止めてそれぞれ現場の全員を集めます。


自分たちを取り巻く環境動向を話し、無人運転化の必要性を説きました。


「故障したり、刃具が折れたりしたら困るではないか」


・・・と作業者が問いかけてきます。


「人がついていれば故障や刃具折れが防げるのか」


・・・と組長が問い返します。


それから1カ月ほどが過ぎました。

人びとの人間力の動員 4

一方、計画、設計、製造の各機能は一人の課長の下にありました。


しかし、それは形ばかりであって、


「製造は与えられた図面通り作っていればよい」


「設計は図面を引くことだけだ」


「計画は日程を立てるだけ」


・・・というように、それぞれは互いに犬猿の仲でした。


1980年秋から、新作戦においてこの事態にチャレンジした金型チームは、生産高において早くも翌年半ばには1.6倍。


82年上期に1.8倍に達しました。


数週間かかっていたものが、81年には2週間に、82年には8日にまで短縮することができました。


「いつ出来るかわからなかった」ものが、「ラインの台車に乗ってしまえばもう安心」と、得意先からも言われるまでになりました。


同時に組織も、一つの金型課だと大いばりで言えるまでになりました。


では次に、機械加工工程での「無人運転化」活動から紹介しましょう。


1981年3月、両金型チームのブロックリーダー・Sさん(金型課長)は、メンバーである係長、工長、組長、班長を集めて、新作戦の具体的展開を訴えました。

仏壇の種類 2

創価学会 仏壇の内部には本尊仏か祖師の彫像を中央にまつります。


その画像や名号などを掲げるところもあり、位牌はその前下、左右にまつります。


ホトケの命日が33年や50年などの年忌を過ぎますと「トリキリ」といって、仏壇から位牌をとり除き、カミとしてまつるところもありますが・・・


これは仏教が長い間に神道と融和して、庶民信仰として同一した名残りです。


仏壇は先祖をまつるところだけでなく、そのいのちを受けつぐ一家のよりどころであり、心のふるさとであるわけですから、分家や亡くなった人のいない家庭であっても必要なものです。


かつて、フランスの思想家サン・テクジュペリは、『地の人』でこう書いています。


「ほんとうに愛するとは、お互いが同一方向を見上げることである」


・・・このように、一家の中心となるべき象徴(シンボル)を持たない家庭は、その成員がそれぞれ自分勝手な行動をとりがちで、バラバラに分裂してしまいます。


・・・そうならないためにも、仏壇をおまつりすべきでしょう。